秋津野を知る

秋津野ICT

秋津野塾事務局〜上秋津公民館
〒646-0001 和歌山県田辺市上秋津2046 上秋津農村環境改善センター(農村センター)TEL 0739-35-0004

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ICTな時代のグループが地域情報化を推進

秋津野マルチメディア班

〜私たちのグループは、「情報」をキーワードに地域づくりを応援してきました〜
秋津野塾の構成団体には入っていない自主的な活動をするグループであります。当初は上秋津を考える会等からの依頼を受けたIT・メディア好きなメンバが地域紹介ビデオを作成し、視察や地域研究・研修、また応募・審査などで地域外から訪れてくる方たちに上秋津の様子をわかりやすく伝えていました。
 その後、平成7年に秋津野のホームページを公開し、地域からの情報発信を行うと同時、地域IT教育などにも積極的に取組み、平成16年には地域全体にブロードバンド利用を呼びかけ、K−opti.comさんの協力で光ファイバーでのインターネット接続を果たしました。その後、一気に地域のIT化が進み出しました。
1995年(平成7年)からホームページを開設し、上秋津で行われています地域づくりやイベントや、文化・歴史、景勝地、史跡なども紹介してきました。
 地域からの情報発信は都市と田舎の交流につながり、地域情報収集やデータベース化は、これまで地域にかかわってこられなかった方、また上秋津に移り住んでこられた方々にも、秋津野の過去からの地域づくりや文化・歴史・産業などをより詳しく知って頂き、そして理解してもらうことで、今後の上秋津での地域づくりに参画して頂きたいと願っています。また、この地を担う次の世代の方にも上秋津の地域づくりのノウハウ取得や地域教育などにも役立つようなページづくりをしていきたいと思っています。
 地域外にお住まいの方は、ぜひakizuno.netをご覧頂き、興味がわいたならぜひともこの地を訪れてくれることを願っています。そして、上秋津で育って、この地を離れていった方にもふるさとは元気やで〜!と思われる情報伝えていきたいと考えています。

秋津野がデジタルデバイドにならないための挑戦

 
1995年11月
 国内でも1995年から商用利用が開始され、国内でもインターネット接続プロバイダーの誕生が相次いでいる。田辺市でも、Cypress(本社 海南 市)が、田辺市内に1996年度中にAPが開設される予定。また地元の第三セクタのテレコム和歌山もインターネット接続プロバイダーにむけた準備がすすめ られ、いよいよ3分10円で世界と繋がるもあと少しだ。長年、利用してきた、パソコン通信との決別の日も近い。これまでの利用研究を行ってきた、地域つく り・農業へのネットワーク利用も、オープンネットワークのインターネットなら、これまでの成果を生かせるだろう。

1996年1月
 ホームページ作成のノウハウもある程度理解でき、HTML言語でのページ記述、そしてFTP方法も何度かの試行の結果成功。JA紀南のホームページ作 成。上手く公開出来ている。第8回農業情報利用ネットワーク横須賀大会に参加。全国から注目を浴び、またマスコミの取材も頻繁!
これを利用して、地域からの情報発信(ホームページ)をしよう。

1996年4月
 自宅からもインターネット利用可能になる。ただし接続先は和歌山市のプロバイダーWCSネット。
早速、木村農園のホームページを公開。メニューのひとつとして「秋津野塾」のページを公開。
同7月、Cypressに接続プロバイダー変更。http://www.cypressnet.or.jp/akizuno/となる。
インターネットへの電話回線を介してのアナログ接続は低速で、そしてダイヤルアップ先変更などの、悪意のソフトの開発で、知らない間にダウンロードされ、接続先変更に伴う、電話料金トラブルの発生も心配。

1997年9月
 秋津野塾アカウトン取得。木村農園のホームページから独立。
 http://www.cypress.ne.jp/akizuno/ でスタート。検索エンジン等への登録もすます。地域内で、どれくら利用される か?地区内のインターネット利用状況をみると、ホームページの本格的利用には、4〜5年はかかるだろう!。当面は秋津野塾をそして上秋津を広く全国に知っ て頂くためのページづくりに専念する。
 全国的にも、衰退してきた農村地域を、どうにかしようと!こういった時代、「地域づくり」いうキーワードがさかんに使われている。
 検索エンジン等を利用して、秋津野ホームページにアクセスし、当地を訪れる方が増えてくるかもしれない。
今までにない、新しい、ネットワーク時代の出合いもうまれるだろう。

1998年1月
 第10回農業情報利用ネットワーク大会スタッフとして、準備から大会運営に至るまで、上秋津からも4人参加でき、ホームページ、そしてメーリングリスト を駆使しての、ITなネットワーク大会運用のノウハウを学ぶきっかけとなる。また地元の原 和男さんが、地域づくりフォーラムのパネリストとして参加して 頂き、同じような地域作り関係者との、ITな出合いもあったかとおもう。このフォーラムのコーディネーターは、和歌山大学の橋本教諭。私も大会の主催者の 一員として、広範囲なITな出合いがあり、そしてネットワークもできた。

1998年7月
 梅の生育不良の広がりも、聞き取りや2次元マッピング手法ごときでは、園地条件や気象関係のデーターをつき合わしても、何ら解決に結びつく糸口もつかめ ないのでは、GISの農業情報利用や、微気象観測装置などの導入で、新しい観点から研究をすすめていかなければ、「真」が見えてこないのでは、、ちょっと マルチメディア班ではこの研究は無理である。

1999年4月
 上秋津小学校の農業体験学習をスタートさせる、マルチメディア班の木村、泉、原も体験学習実行委員会のメンバーとして参加している。私は、和歌山農業情 報利用研究会の一員として、ホームページ作成のお手伝いをすることになった。ねがってもない、地域情報化へのチャンスがやってきた。まだまだ体験学習や食 育は、注目されていないが、いずれ、すべての小学校で農業体験学習が当たり前になる日がきっと来でしょう。
 早速、WSAIの所有インターネットサーバー 「AGRIサーバー」内に、サーバー管理者権限で 注目を浴びやすく覚えやすい「KIDS」でアカウト登録! http://www.agri.gr.jp/kids/  「アグリキッズ」のタイトルでホームページスタート。教育でのインターネット利用は無限の可能性を秘めている。さて、秋津野子どもたちはインターネットに慣れてくれるか?学校間の新しい出合いを期待したい。

1999年6月
 あのJA紀南のオフトークが、地域のインターネット接続を大きく阻害している。普及がはじまった、ISDN通常のTA価格の5倍もするが調子の悪いなんの(^^ゞ。オフトーク用TAはなんであんなもに高いのか?いずれ、e-mail・携帯−mail等 におされて、オフトーク通信なるものの事業が成り立たない時代がくるかもしれません。3年もすれば、オフトーク通信に変わり、e−mail、メールマガジ ン、メーリングリストにその座は奪われているでしょう。とにかく、JA紀南の『ふれあいネットワーク』のe−mail配信を急がねば、地域の情報化はすす まない!

2000年4月
 いよいよ、JA紀南の月刊誌で組合員に情報化をうったえる連載がスタートする。過去10年あまり、農業そして、地域の情報に向け活動や取組の経験を活か して、組合員に情報化で農村・農業が大きく変わる、そしてこの船に乗り遅れることなく!を、強くうったえる内容にしたい。3年程度は連載したいな (;゚゚)

2000年12月
 ようやく上秋津でもISDN回線での常時接続サービス(NTTフレッツISDNサービス)がスタート。低速なISDNを常時接続してもと考えていた が、いざ繋げてみると、心理的な負担(電話代金)が外れたことによって、ようやく、インターネット利用の先が見え始めた。地域の多くの方に、常時接続によ るインターネットを、はやく体験して欲しいものだ。そろそろPCが一家に一台の時代から、一人一台の時代に入ろうとしている、ISDNの接続もルーターが 一般化されつつある。
 まあ、日本でなんでいまさらISDNなの?韓国や米国のように(A)DSLの開通も待ち遠しいが、本命は光ファイバーによるブロードバンドだが....。

2001年1月
 やはり、ISDN接続には速度問題がついて回る、韓国や米国のように(A)DSLの開通が待ち遠しい。しかし上秋津でADSLを利用するにあたり、この RT収容ボックスと呼ばれていボックス交換局であること間違いないだろう。市街地にある本局なら、ADSLは経済的であり、速度の点からも申し分ないなと が、ラスト1マイルと呼ばれている、区域外に住居がある田舎では多く家庭がその恩恵を請けることは困難である。速度=価格という前提も崩れる不公平なシステムでもあるのが気にかかる。
 光化の一層の推進が必要となってくる。ブロードバンドデバイドは、情報化社会では言葉に言い表せないくらいのハンディーにになることを住民に伝えなければ。

2001年2月
 地域のメーリングリスをスタート
メーリングリストという言葉さえわからない方がほとんどだと思うが、とにかく地域の方に情報化を理解して頂き、そして便利さを肌で感じさせるのにはメーリ ングリストが一番近道だ!。混住化のすすむ地域で、新住民と旧住民との交流のきっかけにもなるかもしれない。
 また、上秋津関係の情報が集中する、秋津野塾からの情報発信も可能になる。しかし担当者や事務局職員の、情報教育もすすめないと難しいかもしれない。特に、情報発信をやりたくない理由に、平等性とか守秘義務などと言い出す事も予想される。
  1. 地域専用メーリングリストへの積極的登録。上秋津に住み、e−mailアドレスをもたれている方を積極的(問題はあるかわからないが(^^ゞ)に登録する。MM班だから出来る手法 行政やお堅い組織では真似のできにない手法だが、いずれ理解が得られるだろう。
  2. マルチメデイア班以外からのメーリングリスト投稿には、必ずRESを素早く返す
  3. 投稿を促すには、MM班が自ら投稿する。絶対、お役所文章は書かない、日常会話をTEXTに置き換える軽い会話風。時には、誤字や誤変換、方言をそのまま訂正しないで投稿するのも、親しみがわきやすく有効な手段。
  4. 上秋津全世帯のインターネット接続が30%程度になるまでは、メーリングリストを細分化しない。
  5. 上秋津住民以外の参加はさせない。地域のメーリングリストに、他地域の方の参加は焦点がポケ、情報流失の恐れがあり、そして投稿マニアに振り回されるといったことで、住民同士という絆が崩れる。
  6. 地域の中心となっているなって活躍されている、50〜60歳の男性への、情報化教育は非常に困難。特に自営業や農家な どでは、情報化を否定される方も多い。地域づくりも地域情報化も今後とも、50〜60歳代の方が中心となりすすめられるなら、一人でも多くのメーリング参 加者を募りたい。ただし、女性の50歳代は、非常に情報化に明るく、大変楽しみである。
  7. 一人でも多くの住民の方々には、メーリングリストに投稿して頂き、また、いろんな失敗をして繰り返してもらえば、 ROMオンリーのかたにも、メーリングリスト上のマナーやネットワーク上でのマナー、守秘義務、現実とメーリング世界の混在によるトラブル、他。こういっ た事例をメーリングリスト内で共有することは、メーリングリストに参加する方が、これからの情報化社会を渡り歩く上での大きな宝になる

2001年7月
 JA紀南のインターネットサーバー構築をMM班の泉さんと共に参加することになり、めでたく完成。
ISDN128の専用回線。早速メーリングリストをこのサーバーに移し換えて、本格的運用を開始。
とりあえず2002年中に100軒(名)の会員獲得を目指して行こう!

2001年9月
Akizuno.netのドメイン取得し、レンタルサーバーでの運用開始
しかし、少し窮屈である。無限の空間と制限が無い自前サーバーが欲しいが、ISDN回線で固定IPを取得して、立ち上げても、上りの速度が0.064Mじゃ役に立たない。上りと下りが同速度の光ファイバーが欲しいな

2001年
 秋津野マルチメディア班も、国のIT基礎技能講習講師として参加する。地域の情報を進めていく上で欠かせないので、基礎講習を終えた後のフォロー(パソ コン購入から、インターネット接続や設定)が大事である。上秋津の農村センターでの講習で、昼間と農業繁忙期を除き、すべて講師を受けることにした。
一年間の講習を終え、マルチメデイア班の相談が多く舞い込む。業者がやった講習は上手かもしれないが、後のフォローが無いので、パソコンやインターネットの普及も進みにくい。
しかし、ISDN一回線で20台のパソコンを繋げて、よくもまあIT基礎講習を....やったもんだ。ブロードバンドがほしいな〜

2001〜2002年
 田辺市独自のIT基礎講習も請け実施。またMLメンバーでホームページ作成講習会や、子供達へのIT講習も実施。子供達への講習は非常に楽だ!

2002年3月
JA紀南インターネットサーバーを光ファイバー接続に変更。この速度なら農業にも利用できる。
NTTも、Yahoo!に振り回されADSLを整備しているが、いずれ限界が来るのでは?光ファイバーにもっと力を入れるべきだ

2003年4月
 ブロードバンドの波は、秋津野里にはやってこなかった。NTT西日本和歌山支店との上秋津地区への光ファイバー引き込み交渉の提案を頂き、MLで希望者ま で募り希望人数もNTT側の要求通り以上の集め他のにもかかわらず、あっけなく断られた。秋津野メーリング参加者の怒りはいかほどに?
 市内で、見捨てられた局舎、上秋津局、三栖・長野局、上芳養局、秋津川局。この地域の方との連携を、JA紀南青年部やパソコン班のネットワークで、なんとかして、光ブロードバンドを実現したい。
 見捨てられている市内4局のインターネットユーザーも、NTT日本の農村の切り捨て方針には、皆、口々に納得く行かないとのこと。上秋津地域もNTT西日本に見捨てられた地域となったが、いずれ、近い将来、私たちより彼らの方が後悔するに違いない。
 なんといっても田辺市の農村部は多くの農業生産額を上げ、地域経済を牽引しているという誇りがあり、ICTやインターネットへの理解は深い地域であるから。

2003年10月
田辺ブロードバンド利用促進研究会へ参加 平成15年には、田辺商工会議所が事務局となって、田辺ブロードバンド利用促進研究会という組織を立ち上げ、ブロードバンド利用の研究を開始することに なりました。
 しかし、田辺市街地では、ほぼすべての地域で、ADSL(電話線を利用)やBフレッツ(光ファイバー)が、利用出来る環境であったが、上秋津、三栖、上芳養の農村地域では、まったく整備予定も無い状態でした。
 研究会では、まず田辺市全域でブロードバンド利用出来るようにと、田辺市、和歌山県の予算をつけてでも、NTT西日本さんにお願い?し、せめてADSL でインターネット接続させようと努力してまいりました。

、当初の目標として、市内に残る非ブロードバンド地域、3×局の、ブロードバンド化に向けた取り組みを行うことになる。
 和歌山県と田辺市で補助(経済的支援)を、NTT西日本に出し、3×局管内のBOX局へのADSL装置を取り付けを促す。しかし、農村地帯は家庭からBOX局まで距離がありすぎる。心配なのは、距離的制約があるADSL。そして、ADSLの役目の終えた感のある、この時期に をあえて補助金を出してまで...しかし、研究会が3×局のブロードバンド化推進してくれているので、あえて反対も出来ない。

しかし、研究会に参加している NTT西日本の担当者の歯切れの悪さ.....気になる!!。
以前、秋津野で味わった雰囲気に似ている....。

秋津野が目指しているのはあくまでも光ファイバー接続によるインターネットだ!
ここでADSL整備のみでの妥協は、将来の上秋津のためにならない!

2003年10月
 JA紀南青年部パソコン班が提案していていた、IT選果機が稼働となる。選果情報は、PDFファイルということで、ナローバンドの農家には、辛いものが ある。IT選果機を計画していたときには、e−Japan戦略ですでに、ブロードバンド化されているという前提のうえだった....ブロードバンド化を急がねば。


2004年2月
 ML−akizunoの会員である、ある方からk−optiの田辺進出についての朗報が入る。
 近々、田辺に進出を予定しているので、この際、みんなで頑張って上秋津や三栖などの農村地域へも、光ファイバーを引くようにみんなで頑張り実現しませんか?というお話。それも本年度中を目標に。
 このまま、NTT西日本からADSL化決定の返事いつまでも待ち続け、もてあそばれるのかるのか?
それとも、みんなで頑張り当初の秋津野の里の目標通り、光ファイバーを実現するのか?
先ずは、内密にplanetメンバーで。

2004年3月
 いっこうに、NTT西日本からの朗報も入らず、ブロードバンド利用促進研究会の事務局が焦りせり3×局内ADSL化の新聞発表(これはフライングの何ものでもない)。時間だけが過ぎて行き...予想通り、NTT西日本が時間稼ぎ的?ともとられても仕方のない、注文を付けてきた。それは、またしもADSL化の判断は8月後半まで延ばして、現状みて判断したいとの事。
 あれだけの補助金をだして、緻密なアンケート調査結果の分析を出してまで協力したのに、ここへ来て、引き延ばして来ところを見ると、田辺ブロードバンド利用促進研究会や私たちの秋津野マルチメディア班、JA紀南青年部パソコン班も、NTT西日本からは軽く見られたもんだ
 行政の方々や応援してくれている利用促進研促究会の多くの方々には大変申し訳ないが、このまま待ち続けADSLが実現しても、もうNTT西日本さんとはネットでのはお付き合いはできないのでは?
 3×局管内に住まわれているITな住民の怒りは頂点だ!!

2004年4月
 これまでナローバンドなインターネットや固定電話で携帯電話では、大変お世話になりましたが、ブロードバンド化で田舎を見捨てるかのような施策に、これ以上お付き合いしても上秋津地域のためにはならない
 もう期待はしない!これまでの長年のお付き合いを気にしていたら、いつになってもブロードバンドなんて実現しない!このままだと、ますます都市との情報格差が広がる。もうNTT西日本さんを頼るのはやめよう!!

2004年5月こうなりゃ一気に秋津野に光を呼び込もう
今しかない、今がターニングポイントだ!ブロードバンド化に傾注だ
K−opt来てくれる気があるのなら、地域をあげて強力に協力しよう。
すこしフライング気味だったが、一気に各メーリングリストで、K−optiさんの進出を公開。参加している方の多くは、いままでのNTT西日本の対応や流れをを充分承知しているので、みなさん、K−optiさんに積極的に協力をしてくれる感触を受けた。

2004年6〜9月
 木村と、三栖のYHさんと、K−optiさんとコンタクトをとり、いままでの流れと今後の展開を確認。梅収穫終了と同時に、顧客獲得と紹介に、全面的に協力。上秋津でもあっという間に100名の契約者を突破!
8月には下三栖、中三栖もサービス提供エリアに、9月には上秋津全地域サービス提供エリアに決定。8月に上芳養と長野も、早期サービス提供エリアにして頂けるように、プロットした地図を渡す。9月後半から、三栖、上秋津で光引き込みがスタートした。 残る長野、上芳養、秋津川地域も光化をなんとかしたい。
県や市のブロードバンド整備方針は、ADSLで幕引きをされる危険性が大いにある。ADSLをブロードバンドって誰が言ったのかな?

2004年10月
光ファイバーが、上秋津の申込みされた各家庭まで引き込みが開始された。
ISDN時代には考えもつかなかった速度での繋がりは、新ICT時代を予感させてくれるものである。
光ファイバーが家庭まで入ると、IP電話(同番移行可能)の普及も進みだします。また、2011年7月のTVのアナログ放送終了がする。しかし上秋津には多くの難視聴エリアがあるが、TV放送がデジタル化されても、家庭まで光ファィバーが入れば、難視聴問題も一気に解決、地上波、BS・CSも光ファイバー経由で見られるようになる。これで7年先のTV地上波デジタル化への準備が整った。
心配なのは、左向谷地区のヤングタウン周辺地域、奥畑の一部地域での光ファイバー申込みが1軒もなく、今後の光ファイバーエリア整備が難しくなるのではと懸念は残る。

2004年10月
農村センターで自前のインターネットサーバー稼働させる

2005年5月
行政もなぜ補助金の無駄遣いとなるようなADSL整備に血税を使うのか?
光ファイバー整備から遅れること半年で今や時代遅れとなったADSLが上秋津でも利用可能に!
NTT西日本が県の補助対策もありようやく上秋津でブロードバンド?ADSLが利用可能に...昨年10月には、k−opti.comのEO光サービスが開通しているのに?
なんでこの時期に将来性が全くない無いADSLなのかな?加入する方は職員とその関係者くらいしか見込めないのに。
光ファイバーの方は、今年から100M固定と1000Mサービスも開始するというのに...時代錯誤的なADSLを?
これで、田舎の局もブロードバンド化を済ましたという既成事実化したいのでしょう。補助金を入れての整備だと10年はNTT西日本さんは光ファイバーを上秋津には架設しないでしょうね。まあ引っ張っても携帯電話の基地局へ位でしょうね。

2007年6月
上秋津農村センターに、上秋津では初めてフリースポットを設置し、今後のユビキタスなモバイルパソコン時代への対応を行った。

2008年10月
 11月オープンする秋津野ガルテン内に、WiFiフリースポット2基を設置。ガルテンの環境を感じたお客様が、モバイルパソコンや携帯電話(フルブラウザ対応)、今後、急速に普及すると思われるスマートフォン(携帯電話機能付きモバイルパソコン)でブログやSNS(今後主流)などで写真付きで情報発信してくれることを応援したい。
 ただ、ガルテンはあまりにも広いので、あと一基の設置と、全客室でのWi-Fi安定接続のため複数の設置は必要である。

2010年10月
秋津野直売所『きてら』付近でもWiFiフリースポットエリアを設ける。
毎年6万人以上が訪れる『きてら』やいこら茶屋付近でのモバイルパソコンやパッドパソコン、スマートホンの利用が可能となった。

2010年11月〜2011年7月
上秋津町内会、田辺市地デジ対策室からの要望で、左向谷地区ヤングタウン付近とその上の集落がTV難視聴エリアにあたるとことから、K−opt.comさんとの光ファイバー引き込み交渉の依頼をうける。なんで、あの時(2004年に地域を上げ住民が協力しあって光ファイバーを引いた)、行政は地域のブロードバンド化推進を応援してくれなかったや...(^^)/
粘り強い交渉と、K-opt.comさんの大変なご厚意で、2011年7月〜9月にかけて上秋津に残されていた、奥畑地区の一部の地域と同時に光ファイバーが開通。これで、上秋津では全ての地区で光ファイバー利用エリアとなった。平成12年から続いた地域のブロードバンド化の戦いは終了した。

2011年10月
秋津野ガルテン内に、フリースポット3基めを設置し、スマートホン、タブレットパソコンの増加に対応。
これで、ほぼあの広いガルテンでWiFiフリースポットが利用できる。
このページは上秋津公民館で秋津野マルチメディア班で更新作業を行っています。