秋津野を知る

地域づくりV(ソーシャルビジネス)

 秋津野塾事務局〜上秋津公民館
〒646-0001 和歌山県田辺市上秋津2046 上秋津農村環境改善センター(農村センター)TEL 0739-35-0004

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マスタープラン実践〜本格的なソーシャルビジネスへ

確実に風をとらまえて

 平成11年に、地域づくりの延長線上で住民出資で立ち上げた直売所『きてら』だが、一年目の倒産の危機は役員・出資者の努力で乗り越えることが出来た。
 毎日のように報道される、食品表示偽装、残留農薬問題、賞味期切れ食品の再販、輸入農産物への不信など、毎日のように食の安心・安全に対する裏切り事案が後を絶たない。その結果、消費者の農産物直売所への期待が高まり、『きてら』も年々約1000万円ずつ売り上げを伸ばしていった。
4年が経過した時点で出荷者の増加、少しずつであったが品揃えも良くなり、年間の売り上げが4000万円を超え、10坪のプレハブの店舗では手狭となり、駐車場も無く、トイレといえば簡易トイレのお粗末さ。せっかく遠くからお買い物に来ていただくのに、これでは消費者の方の期待に応えられない。
 いつしか役員の間でも店舗の移転・新築の話が出始めていまた。この頃になると雨後の筍のように直売所が全国津々浦々に誕生、行政も農産物直売所に関して、農業や農村の活性化のためには、直売所が必要不可欠との理解が進み、直売所の支援策のため建築への補助金なども利用できるようになった。
 地域づくりにおいては、風を吹かすことも大事であるが、風をとらまえることはもっと大事である。まさに直売所『きてら』は地産地消の風をとらまえたのだ。


 

きてら店内マスタープラン21の重点項目を取り入れた直売所を

 マスタープラン21に指示された7つの重点項目のキーワードを組み入れた新たな計画のスタートである。
 直売所の移転を決意したのち、再び『きてら』への出荷者を中心にして、きてら新築に向けた出資を地域内に呼びかけた。新たに52名の方が快く出資を引き受けてくれた。やはり、この4年間地域づくり型の運営に徹し、地域に住む誰もが出荷できる体制で運営してきたからだ。まさにマスタープラン21の目標の地域住民の「協働」の輪の拡大であった。
 今回、『きてら』が移転する目的の一つに農産物加工場の建設も目指していた。和歌山県からは2つの補助政策の提案があり、今回は補助金も利用し、直売所と加工所のトイレなどの付帯設備も建築する計画で進めてきたが、新たな地域内の出資だけでは建築資金が足りず、地域外へも直売所『きてら』への支援を呼び掛けたところ、直売所への応援団として21名が資金を持ち寄ってくれた。おかげで、新『きてら』の店舗は、販売スペースはそれまでの2倍に広がり、販売する商品が目立って増えた。旬の野菜や果物が、たくさん持ち込まれるようになった。

女性たちも地域に積極的にかかわるように

 マスタープラン21の重点目標にもあった、安心・安全な食べ物の供給拠点づくりと農業の総合化の推進の目標に近づこうと、秋津野直売所の敷地内に加工場と倉庫が建設されました。加工施設は木造で費用は約1500万円、和歌山県の山村定住促進事業などの制度を活用して実現に至った。
 地域の女性たちがグループを組み、きてらの隣に誕生した農産物加工所(きてら工房)で様々な農産物加工もスタート。これまで地域の女性活動や農協の女性活動が、活動だけにとどまらず経済活動へ意識変革させていくためにテストキッチンであるきてら工房の誕生で、女性たちの経済活動に変わった。
 保険所の許可のとれた『きてら工房』で加工品をつくり、そのまま店舗でテスト販売が出来る。こうした仕組みをつくることで、農産物加工の楽しさや、販売の難しさ、嬉しさが学べ、次につながる商品開発へと続く。
 直売所を介して消費者との交流は、生産者に自分たちが見のがしていた価値について気づかせてくれる。「こんなものが、売り物になる」。再認識が、店頭に並ぶ商品の種類を多彩で、豊かにしていく。いま直売所で年間に扱う商品は、果物、野菜、花、漬物などの加工品を中心にざっと200種類にのぼります。商品の全てが、地元で作られているものだ。地産地消だ。

直売所の原点を忘れない

 直売所移転後、年々売り上げを伸ばし、平成18年に売り上げが1億円を突破したのを機に法人化し、農業法人株式会社『きてら』として再スタートをきった。どんなに苦しい時が来ても『きてら』は直売所の原点を忘れないようにと、仕入れ商品や転送商品は置かない、販売しない。スーパーマーケット型の直売所のよに直売所経営のためには、なんでも販売するといった品揃えは無い。そのため、農家や生産者が、お店に持ってこられる範囲の品物で経営を行っている。そのため、バナナやリンゴは置いていない。すこし消費者の方には不便なお店かもしれないが、農産物直売所のカテゴリのなかでは 一番小さなカテゴリに入る『きてら』の戦略がここに隠れています。私たちは、本物を目指すことで直売所の生き残りをかけています。
 
セオリより意義
 『きてら』の立地は必ずしも良くない。それどころか悪い立地条件である。本来、直売所の経営を優先するのなら、市街地に近い主要県道や国道沿いに立地し駐車場も広くとれるところに立てるのがセオリーである。しかし『きてら』80歳のおばあちゃん、おじいちゃんでも、バイクにのって出荷できる町内への立地。ほとんどが『きてら』から半径3km圏内に住まわれている。ですので、まともに市街地に近い、何でもそろうメガ直売所と競争しても軍配がどちらに上がるかはだれの目でみてもわかる。しかし、平成14年、平成19年に民間や農協系の直売所が市街地に近い立地で開設されたのにもかかわらず、『きてら』は売り上げを伸ばし続けている。その理由はわからないが、『きてら』の役員さんや出荷者の努力と、元気な地域イメージの直売所というファン層の存在は疑う余地はない。農業組合や行政の広域化で失われかけた上秋津ブランドが確実に復権してきているのだろう。マスタープラン21にもあった循環型地域の創造の拠点の一つが地域にある直売所ではないだろうか。


 ソーシャルビジネスで6次産業化へ 平成15年〜17年

ミカン農家の最大のモッタイナイをどうにかしたい

 平成15年の『きてら』の新築移転にともない、出荷者もお客様も増え、その結果、直売所の売り上げも順調に拡大した。『きてら』移転時に、本場アメリカ製のジュース搾り機を導入、農家が輪番制で、毎日、みかんやオレンジの生しぼり、『きてら』店内のジュースサーバーで販売を行った。ジュース飲んだ方が、口々に美味しい!新鮮だ!こんなジュースは初めだ!と評判を得た。
 農家も、果実の形が悪いからとか、表面に葉すれキズ跡や、病害虫に表皮が侵された跡があるだけで中味は同じなのに、商品価値が無いと嘆き続けていた。とてももったいないな〜とも思いつづけてきた。加工用ミカンは、農協経由で大規模なジュース工場に納入していましたが、集荷費、輸送費とジュース工場での費用がかさみ、農家には全く恩恵が全くなかった。なんとかしたい!そこで、農家や地域30人の有志が立ち上がった。ミカンそのままの味で勝負しょう!無添加、無調整のみかん果汁ジュースの計画が持ち上がのだ。

ミカンジュース加工に向けて

 自分たちのみかんジュースを試そうと、県内で持ち込んだミカンのジュースを加工してくれる工場を探したが、少量で加工してくれる施設はなかった。
 和歌山県の農業普及所から、三重県の熊野灘に面したところに試作なら引き受けてくれるところがあるとの情報。早速、早朝にミカンをトラック満載にし紀伊山地を横断しジュース工場へ。帰りは瓶詰されたジュース、搾りかすをこれまた満載状態で『きてら』へ。
 熱処理したミカンジュースは味に不安はあったが、その不安も消えた。店で瓶入りジュースを販売したところ完売。販売店舗のある強み実感した。再びミカン満載で紀伊山地横断。何回か繰り返しているうちに、自分たちて工場を持てば、こんな苦労はいらないとの声が出始めた。しかし、誰も瓶入りジュース製造したことがなかった。
 県の農業行政機関には瓶入りジュースの加工指導を行ってくれる部署は無く困り果てていたが、全く畑違いの県の工業技術センターに、指導者が見つかり、『きてら工房』にある設備で瓶入りジュースを造れるということで出張指導で一通り加工工程や衛生指導を受けた。なんども作っては試飲したが、現在ある設備では美味しいジュースが作り出せなかった。もちろん大量にジュース加工するには今ある設備では限界を感じ取った。
 『きてら』役員でなんどかの話し合いの後、自分たちのジュース工場建設の流れになったが、『きてら』が金融機関から借り入れしてジュース工場を建設した場合、ジュース事業がうまくいかなければ、直売所もつまずいてしまう。せっかく直売し事業が順調に推移しているのに、大きなリスクは負わせない。市内の加工機器製造販売をしているところからジュース加工に関する見積書を取り寄せたら、建屋建築と合わせると1500万円以上資金と運転資金が必要なことがわかる。

農家に出資の呼びかけ...

 新たな資金集めは、農家に出資を募ることになった。しかし、今までの農協へ出荷した加工ミカンはキロ当たり3円〜5円のイメージが強く、50万円の出資に手を挙げてくれる農家は少なかった。最低でも30名の出資が無ければ動けない。そこで、これまで共に地域づくりで汗を流してきた同志や建屋を建築工務店、器械を導入していただく業者にも出資のお願いをしたところ10名の農家以外の出資者が集まった。農家と合わせるとかろうじて30名を突破。なんと本格的な計画が始まって2か月後、ジュース工場は完成、農家の当番制でジュース加工を開始。

思いだけではジュースはできなかった

 いったい何回失敗しただろう。頭を下げ大手のジュース工場で製造方法教わる。そしてなんども挑戦。本格的な商品が完成したのが製造開始から1年がたった12月だった。ジュース加工技術のノウハウを習得する365日だった!。 
 本当に消費者は認めてくれるのか?倶楽部員の間だから不安の声が漏れてきた。そんな不安を払拭させたのが、『きてら』冬のふるさと詰め合わせセットに入れ、贈られたお客様からの一本の電話だった「あのジュースは、本当に美味しい」「本当に無添加でつくられたのですか?」みんなが言った「本物を味を伝えることが出来た」。
 日本一小さなジュース工場に次々と新しい機械が導入され、本格的生産に入った。秋津野のふるさとをジュースと共に伝えたいと言うバイヤーも現れた。
 そして、多品種栽培を推奨して来たふるさとの先人達に感謝した。この里には多くの柑橘・オレンジがある。このみかんのふる里を今まで守り続けることが出来たのも、多種多品種栽培のおかげだ!温州みかん、ポンカン、三宝、デコポン、清見オレンジ、バレンシアジュース....まだまだ続く新商品の開発は続いている。
 ジュース工場計画に携わった農家や関係者は大きな自信とこれからの農業のあるべき姿を見つけたような気がした。農商工連携の筋書どおりの事業化であったような気がするが、一番難しいと感じたのが製品販売と、これまでの農業経験では対応できない、加工に対しての工程管理や衛生管理であった。

産業廃棄物で新たな経済

 ミカンをジュースを絞ると、どうしても出てくる大量の搾りかす。当初は農家が輪番で自分の畑で処分をしていましたが、これでは環境にも悪いとある地域づくりに応援を頂いていました会社に相談した結果、食物残渣とこの搾りかすを混ぜて土壌改良材となった。これを『きてら』で販売することで地域経済循環も始まった。
 マスタープラン21にあった環境保全型・循環型地域の創造安心・安全な食べ物の供給拠点づくりと農業の総合化の推進の目標に向け、新たに組織化した俺ん家ジュース倶楽部が目標達成に向けて挑戦は続いている。

地域資源を活かした都市農村交流へ

小学校移転決定が新たな地域の挑戦の始まり

 上秋津小学校新築移転にむけて、平成に入る頃より、町内会やPTA上秋津小学校拡大表示本部役員を中心に田辺市立上秋津小学校の建築委員会がスタート。委員会の主な目的は建築建設予定地の選定作業と地権者との交渉である。候補地が二転三転を繰り返したが地権者との交渉がまとまらなかった。
 組織の仕切り直しを行い現役の小学校世代のPTA役員で再度上秋津小学校の建築委員会を発足。会長に当時のPTA会長を選任し、再スタート。ここでも候補地選びが難航した。小学校新築は諦めるわけにはいかない。候補地への方向性を大きく転換、上秋津若者広場とその周辺に上秋津小学校を、そして新若者広場を上秋津中学校周辺へに新しくつくることを、地権者である地元住民や社団法人上秋津愛郷会の了承を得、そして田辺市との間で建設取り決めを行った。
 市側との交渉のなかで、現上秋津小学校は新築移転後の跡地は、校舎は取り壊し更地にし宅地として田辺市が処分する方向で合意がなされた。

地域の一番いい場所と資源

 しかし、よく考えてみればあの小学校跡地は上秋津地区に残された最後の一等地でもある。宅地化し販売を行っても家と人口が増えるだけであり、地域活性化には結びつくかは疑問である。
 その後、地元の有志がたびたび市側へ足を運び、なんとか上秋津小学校跡地の利用の方向性を考え直してもらわないだろうか?出来れば、地元で跡地利用の方向性を検討させて頂けないものだろうか?人を変え担当者を変えて粘り強く市側と交渉の結果、市側からは、地域活性化に結びつくような方向性を見いだせるのならと、1年間の時間的な余裕を与えて頂き、いよいよい現上秋津木造校舎利用検討委員会発足の準備に入った。

秋津野塾でも地域資源活用の視察研修が続く

 地域資源を活かしたい 平成14年に秋津野塾主催の先進地視察(33名)で、中山道沿いの宿場町そのまま保存し、その中で生活を営んでいる、『馬篭宿』を訪れた。景観や町並み保存しながら住民の暮らしが成り立っている例としてはすばらしい取組であった。 生活と観光、そして地元経済を結びつける大変さを痛感。過去2度の大火 にあいながら見事町並みを復活させた住民の地域づくりへの執念をも感じさせられました。また、『妻籠宿』、明治百年記念事業として町並み復旧に取り組んだとのこと。 江戸時代はそれほど大きな宿場ではなかったらしいが、本陣、脇本陣、旅籠上嵯峨屋、馬宿など往時の姿を残している。道に沿って今は、土産物屋、食事処、旅館を営む観光客相手の店が当時の家姿で並んでいる。道の中程に枡形と称し直角に折れ曲がった跡がある。その町並にひとたび足を踏み入れると、江戸時代にタイムスリップしたような気持ちにさせてくれました。妻籠の三原則である「売らない・貸さない・こわさない」が非常に印象にのこりました。馬籠宿とはまた違う町並み保存体制でありました。
 両宿とも歴史的な建物を保存することで、外から人を呼び込むことで、地域を活性化させている。上秋津にはこういった宿や歴史的な建造物は無いものの、平成18年に新築移転が決定した上秋津小学校の木造校舎はどこか昭和の雰囲気が漂っている。大きな地域資源ではないだろうか。
 

地域を考えるなら10年先を見据えないと

 上秋津小学校の建築委員会と田辺市との合意がなされたあと、それに横やりを入れる形となった今回の交渉は、誰かが地域の悪者を演じる必要があり、誰もがやりたくはない。
 これまでの地域づくりで、自ら汗を流し、ひたむきに地域づくりをすすめてきた住民の中には、その泥を自らかぶる覚悟のある人のたちが秋津野には多く存在している。そして「ここまで上秋津小学校建築委員会のみなさんが、市側との交渉でがんばってくれ、大きく成果が実ったのに、大変申し訳ない」ともつぶやいた。
 しかし、10年後に上秋津小学校跡地利用の新たな姿を見せることが出来るのなら、上秋津小学校建築委員会のみなさんに必ず理解してもらえることだろう。いよいよ、現上秋津木造校舎利用検討委員会の発足である。(平成15年秋)
 この10年先に見えるものに関してはマスタープランから得たデータや住民のアンケート調査から、進む道もおぼろげに見え始めていた。マスタープラン21の重点目標の訪問者に感動と親切なもてなし(ホスピタリティ)を提供できる地域づくりが、今回の目指す廃校活用と秋津野グリーンツーリズム計画はまさにそれに合わさる。

秋津野グリーンツーリズム計画

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 都市と農村の交流施設秋津野ガルテン誕生

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このページは上秋津公民館で秋津野マルチメディア班で更新作業を行っています。