秋津野を知る

地域づくりV(ソーシャルビジネス)

 秋津野塾事務局〜上秋津公民館
〒646-0001 和歌山県田辺市上秋津2046 上秋津農村環境改善センター(農村センター)TEL 0739-35-0004

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地域資源を活かした都市農村交流へ

小学校移転決定が新たな地域の挑戦の始まり

 上秋津小学校新築移転にむけて、平成に入る頃より、町内会やPTA上秋津小学校拡大表示本部役員を中心に田辺市立上秋津小学校の建築委員会がスタート。委員会の主な目的は建築建設予定地の選定作業と地権者との交渉である。候補地が二転三転を繰り返したが地権者との交渉がまとまらなかった。
 組織の仕切り直しを行い、現役の小学校世代のPTA役員で再度上秋津小学校の建築委員会を発足。会長に当時のPTA会長を選任し、再スタート。ここでも候補地選びが難航した。小学校新築は諦めるわけにはいかない。候補地への方向性を大きく転換、上秋津若者広場とその周辺に上秋津小学校を、そして新若者広場を上秋津中学校周辺へに新しくつくることを、地権者である地元住民や社団法人上秋津愛郷会の了承を得、そして田辺市との間で建設取り決めを行った。
 市側との交渉のなかで、現上秋津小学校は新築移転後の跡地は、校舎は取り壊し更地にし宅地として田辺市が処分する方向で合意がなされた。

地域の一番いい場所と資源

 しかし、よく考えてみればあの小学校跡地は上秋津地区に残された最後の一等地でもある。宅地化し販売を行っても家と人口が増えるだけであり、地域活性化には結びつくかは疑問である。
 その後、地元の有志がたびたび市側へ足を運び、なんとか上秋津小学校跡地の利用の方向性を考え直してもらわないだろうか?出来れば、地元で跡地利用の方向性を検討させて頂けないものだろうか?人を変え担当者を変えて粘り強く市側と交渉の結果、市側からは、地域活性化に結びつくような方向性を見いだせるのならと、1年間の時間的な余裕を与えて頂き、いよいよい現上秋津木造校舎利用検討委員会発足の準備に入った。

秋津野塾でも地域資源活用の視察研修が続く

 地域資源を活かしたい 平成14年に秋津野塾主催の先進地視察(33名)で、中山道沿いの宿場町そのまま保存し、その中で生活を営んでいる、『馬篭宿』を訪れた。景観や町並み保存しながら住民の暮らしが成り立っている例としてはすばらしい取組であった。 生活と観光、そして地元経済を結びつける大変さを痛感。過去2度の大火 にあいながら見事町並みを復活させた住民の地域づくりへの執念をも感じさせられました。また、『妻籠宿』、明治百年記念事業として町並み復旧に取り組んだとのこと。 江戸時代はそれほど大きな宿場ではなかったらしいが、本陣、脇本陣、旅籠上嵯峨屋、馬宿など往時の姿を残している。道に沿って今は、土産物屋、食事処、旅館を営む観光客相手の店が当時の家姿で並んでいる。道の中程に枡形と称し直角に折れ曲がった跡がある。その町並にひとたび足を踏み入れると、江戸時代にタイムスリップしたような気持ちにさせてくれました。妻籠の三原則である「売らない・貸さない・こわさない」が非常に印象にのこりました。馬籠宿とはまた違う町並み保存体制でありました。
 両宿とも歴史的な建物を保存することで、外から人を呼び込むことで、地域を活性化させている。上秋津にはこういった宿や歴史的な建造物は無いものの、平成18年に新築移転が決定した上秋津小学校の木造校舎はどこか昭和の雰囲気が漂っている。大きな地域資源ではないだろうか。

秋津野マスタープランが行政を動かす

  平成14年10月に完成した『秋津野マスタープラン(素案)及びマスタープラン策定基礎調査報告』(以下マスタープランと呼ぶ)は、「地域社会の構造と意思決定システム」、「土地管理の現状と今後の土地利用」、「地域農業の活性化と地域資源の活用」に関して全世帯にアンケート調査を行いました。住民主体で、これほどまでに徹底した調査を行ったことは、全国的に見ても画期的なことであり、全住民の声を直接聞いたという意味で大いに意義のあることであった。
 この調査結果から、今後、上秋津地域に本当に何が必要なのか?優先的に取り組む課題は?を確認した。
 秋津野マスタープランで得られたデーターとプランや考えは、これまで廃校活用には絶対反対の行政をも動かし、現上秋津小学校跡地検討委員会設置となった。
 このマスタープランがなければ、都市と農村の交流施設秋津野ガルテンの誕生は無かった

 地域を考えるなら10年先を見据えないとすすまない

  上秋津小学校の建築委員会と田辺市との合意がなされたあと、それに横やりを入れる形となった今回の交渉は、誰かが地域の悪者を演じる必要があり、誰もがやりたくはない。
 これまでの地域づくりで、自ら汗を流し、ひたむきに地域づくりをすすめてきた住民の中には、その泥を自らかぶる覚悟のある人のたちが秋津野には多く存在している。そして「ここまで上秋津小学校建築委員会のみなさんが、市側との交渉でがんばってくれ、大きく成果が実ったのに、大変申し訳ない」ともつぶやいた。
 しかし、10年後に上秋津小学校跡地利用の新たな姿を見せることが出来るのなら、上秋津小学校建築委員会のみなさんに必ず理解してもらえることだろう。いよいよ、現上秋津木造校舎利用検討委員会の発足である。(平成15年秋)
 

 地域資源活用で都市農村交流〜現上秋津小学校木造校舎利用検討委員会を発足

  秋津野塾では平成15年、秋津野塾(地域住民)に加え、和歌山大学の教員や先行事例に取り組むグループのリーダーらを招いて、40人ほどの「校舎活用検討委員会」を組織。約1年かけて、保存にかかる費用試算を含め、活用するための方法を検討した。その中で、木造校舎を拠点とする「秋津野ガルテン」という事業の構想がつくられてきました。当時の増田総務大臣も廃校となった旧上秋津小学校に足を運んで頂き、住民主体でまとめ上げた、廃校舎活用計画をヒヤリングして頂き、熱い激励と応援も頂きました。
 本来なら、行政が中心的な役割を果たさなければならない小学校跡地の利活用や地域活性化計画であるが、上秋津では地域住民主体で『地域資源を活かした都市と農村の交流事業』の計画書をまとめ上げ。田辺市との度重なる交渉の結果、田辺市議会の承認を得て、この校舎と土地は約1億円で上秋津地域(当時の社団法人上秋津愛郷会)への売却が認められました。
 その後、都市と農村の交流施設『秋津野ガルテン』の施設整備と運営を行う会社として、平成19年6月に地域住民出資で運営会社を設立。同年、9月に増資を行い、最終的には地域住民489名が出資、資本金は4180万円のソーシャルビジネスビジネスで事業を行うこととなった。
 都市と農村の交流事業『秋津野ガルテン』として平成20年11月から事業を開始。事業運営も行政等からの補助金もない、人材も派遣もない、完全民営で事業を開始しました。

計画には秋津野マスタープランの提言した指針が多く組み入れられた 

 平成14年に出来上がった※秋津野マスタープランでは多くの指針が示されていた。その指針には、現在の秋津野塾を構成する各組織団体が、この先10年を見据え、マスタープランの指針を計画に組み入れていく必要があるもの。さらに、今後、地域の活性化進めるうえで、新しい組織体を立ち上げて実践していかなければならないものに対しても重要な指針である。
 この10年先に見えるものに関してはマスタープランから得たデータや住民のアンケート調査から、進む道もおぼろげに見え始めていた。マスタープランの重点目標の訪問者に感動と親切なもてなし(ホスピタリティ)を提供できる地域づくりが、今回の目指す廃校活用と秋津野グリーンツーリズム計画はまさにそれに合わさる。
 今回の秋津野ガルテン計画は、マスタープランのテーマや重点目標の指針が多く組み入れられたものであり、時代を先取りしたものであることは間違いない。都市と農村の交流で地域の活性化に懐疑的な見方する住民も多いのは事実である。マスタープランや秋津野ガルテンの計画や方向性が正しくなければ、事業を開始したとて一年続かないだろう。

※マスタープランのテーマ

1.暮らしを豊かにし、住み心地が良い地域を創る
2.訪れるひとびとの琴線を揺すぶる地域を創る
3.農村と都市の結婚による新しい魅力的な地域を創る
4.住民主体(行政・大学参加)が原則の地域づくりを進める


マスタープランの重点目標
@環境保全型・循環型地域の創造
A安心・安全な食べ物の供給拠点づくりと農業の総合化の推進
B農村的要素と都市的要素の融合した地域の創造
C草の根文化の創造
D遊びの場の整備と福祉の充実、訪問者に感動と親切なもてなしを提供できる地域づくり
E地域住民の「協働」の輪の拡大
Fほかの地域との交流・連携の強化

 
 平成14年〜平成20年
このページは上秋津公民館で秋津野マルチメディア班で更新作業を行っています。